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霊感なしのスピリチュアルオタク

創世記のおとぎ話 その4 よく言われる、人間は神様の分身だということ

英語教材「ワンダフル シング」に学べることは、たくさんあります。

 

前回、後半の解説で触れたことと重複する部分もありますが、まず、これは宗教色を取り払ったおとぎ話です。だから神様の分身である「子なる神様」のリング2号は、エホバ様でも、キリスト様でも、マホメット様でもお釈迦様(仏陀)でも、なんなら空海でも聖徳太子(実在したかは別として)でもいいんじゃないかと思います。

 

全能の神様でもきっと、必要があってこの世に降り立つと、肉体が必要になります。そこで全能の「超能力」が制限されちゃうのでしょう。場合によっては、「人間て、どうしてこう成長がないんだろう。よし、ここは1つ、記憶を消してこの世に降り立ってみるか。人間の気持ちが実感できるかも。」なんてこともあるかもしれません。

逆に、そのような活動をでなければ、リング2号の存在意義がないでしょう。

これで長年の疑問だった、キリスト様が神様に祈る不思議さが少し理解できました。

 

次に、自分たちは全て神様の分身の一つであるということ。リング3号は神様から分割された魂だし、リング4号は物質としての神様の分身です。

「ワンダフル シング」ではどうもそのリング3号の魂たちは、人間にしか宿ってないように思えるので、これがパブロフの犬で感じた違和感の正体かと思いました。

ただ私は、また、最近の欧米の方たち、また昔からの東洋思想では、生き物全体に魂は宿っていると考えていいのではないかと思います。

100歩譲って、物質としての4号もまた神の分身です。ということは、意識はあるし、それなら生き物どころか、原子ひとつとっても意識はあるのじゃないかと思います。

 

最後に、この地球上の魂たちは、全て違うということ。指紋も一人一人違うように、みんなが神様というジグゾーパズルの一つのピースですから、似てはいるけど一つも同じものはないんですね。違うからこそ、対立するのではなく、違うことを認めあうという学びなのだと思います。初めにリング3号から「違うもの」同士を2つ作ったら、あんまり極端に違いすぎるから、マイルドにしようと思って、超細分化したんです。

でも、もともと全部の魂は同じもの。ここが最高に、シンプルに表現されています。魂たちは、「生きる」「愛する」「学ぶ」という使命を持って、この世に降り立ったのです。

そして、リング3号の魂たちがこの世に降りたということは、いつでもリング2号という神様とつながれるということを、あえて忘れさせられているという側面もあります。それを思い出すかどうかも、自分で考えなさいということですね。

 

「ワンダフル シング」によって、人は神さまの分身だということが私にはとても分かりやすく感じました。