新まにあリュージョン!

霊感なしのスピリチュアルオタク

正しいと思われる願望達成のお祈り法

さて、正しいと思える願望達成の祈り方。

まず普通に、ちょっとした神社にも書いてある正攻法(?)ですが、神様には「お祈り」に行くんじゃなくて「感謝」しに行くんです。神様の本質が「愛」で、「感謝」はまあ同じ種類のエネルギーみたいなものですからね。

 

それと、神様の世界は時間の概念がこの世界とは違います。無限のパラレルワールドがあるっていいましたよね。だから、自分で勝手に一番いいパラレルワールドを選択して、お礼を言えばいいんです。

やせたいなら、「神様、やせました。ありがとうございました。」

さらに、神様には時間と空間の概念が薄いから、日時指定と自分指定が必要です。だから、絵馬とか住所と名前を書くんですね。それと基本的に、初詣は今年の願いだって限定されていますから、理論上(?)は叶いやすいんです。

 

で、ここからがいくつか矛盾があります。

まず、自分だけよければという我欲は叶いません。神様は、みんなを助けたいのですから。これを解決するためには、逆に欲をもっともっと大きくすればいいのです。「私も含めた皆が幸せになりました。」だと、我欲ではないですよね。究極は世界平和とかでしょうが、これはお釈迦様が説法した「釈迦の大欲」というんです。そういう気持ちが大切です。

 

それと、他力本願の神頼みは基本的にダメなんです。

ここで、リング2号の登場です。リング2号と自分は、もとがコピーの分割ですから同じものなんです。だから、自分の中のもとの本質であるリング2号にお願いするのは、他力本願じゃないんです。不思議でしょう。自分の中にお願いするって。

ただこれは、以前から本で読んで知っていた知識です。「精神エネルギー」という本で知りました。これは相当な奇書です。もっと言えば、その本を紹介した「船井幸雄の人間の研究」シリーズから知りました。「ワンダフル シング(創世記のおとぎ話カテゴリー参照)は、それらと整合性があっているからびっくりしたんです。

 

ちなみに神様って言葉、私は平気で親しみをこめて使いますが、人によっては嫌がるんですね。特にキリスト教では、「むやみに神の名を口にすることなかれ」みたいな戒めがあって、だから「オーマイゴッド」を「オーマイゴッシュ」とかに微妙に変化させて使ったりするとか。

それと、今までの常識で「神様」って言うと、いわゆる神頼みの他力本願だと、自分の脳みそが勝手に認識しちゃったりしそうです。

それもあって、神様という言葉を使わずに「私の本質の生命体である守護霊様」とかと表現した方がいいんです。それがリング2号(これも創世記のおとぎ話カテゴリー参照)にお願いするということです。自分が一番イメージしやすいなら「私の本質の生命体であるキリスト様」でもいいでしょう。意味さえわかれば、細かい言いまわしは自由でいいのです。もちろん、ちゃんとした宗派がある信徒の方はその信念に基づいてお祈りする方がいいに決まっていますが。

 

さらに、真剣に3回お願いを繰り返すこと。これも不思議とよく言われることです。

流れ星の消えないうちに3回お願いとか言いますよね。

 

あと、宣言するのも強いパワーを持っています。書くことも。だからやっぱり、絵馬って理にかなってますね。

 

ただし、行動しないと願望は絶対にかないません。行動しなくていいのなら、別にこの世が必要ありませんからね。さらに言えば、願望を実現するためには、願望を忘れないといけないんです。願望に執着している状態は完全に我欲むき出しの状態ですから。(結婚願望が強すぎる人って、なんか引いてしまいませんか?)カーナビでいえば、願いは目的地の入力です。実際にその導きを聞きながら運転しないと、目的地を眺めているだけで行けるわけがないんですね。

功法オタクは、ここを聞かないフリしますから、成功しないんです。

 

ちなみに、私が自分でマニアだオタクだというのは、こういうことを考えている割に、社会的に成功しているとは思えないからです。

アイドルオタクとアイドルは別のものですからね。

絵馬なんかも、誰かに見られたらと思うと恥ずかしすぎて、書いたことありません。

ここで書いたことは、私にとってはいたって普通の「考察」なんです。

 

ただしオタクから脱却する手始めに(?)、ブログという「行動」を始めています。