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新まにあリュージョン!

霊感なしのスピリチュアルオタク

究極の迷信行動、というか、迷信想念

究極の迷信について。地獄って、あると思いますか?ないと思いますか?

どうも本当は、ないらしいんです。いくつかの本によると。

私流にその肯定論(地獄はないってこと)を考えます。前に精霊(天使とか菩薩とか)をフェイスブックのグループに例えたのと少し似ているのですが、そこにアクセスしようと思わない人にとっては、ないんです。

 

迷信は、信じるならば、それは迷信でなくその人にとっての真実です。

だから地獄は、地獄があると信じている人しか行けないんです。

 

多分ですが、人々の想念が地獄を作ったのは、他人を入れたいからじゃないかと思います。

本当に許せない悪いやつがいて、そんな奴がこの世で幸せそうにのさばっていたら不公平だと思いますよね。せめて、「死んでからは不幸になってその罪を償え」と。多くの人が思った時、地獄が出来上がりました。これは私の仮説です。

もし自分の行為を償う為に地獄を作る(創造する)ような人がいたら、その人は現世のうちに反省しているのだから基本いい人です。

だから、他人が許せないから裁くためにそういうルールを作り、作った以上は自分もその法則にのっとらないといけないと多くの人が思って、それが想念の世界のあの世で実現しちゃったのだと考えています。

 

人間が作ったに違いないと思うのは、あんなにひどいことをしている地獄の鬼が、地獄に落ちないからです。

何が酷いことで、何が酷くないことかなんて本当はわからないんです。・・・こりゃ、誤解されますね。きっと。ええと、甲子園目指して頑張って、それでも努力が足りなくて負けた場合、できる努力をしなかったその人は地獄に行くんでしょうか。うーん、さえない例えですね。

 

ちなみに、地獄は同じことの繰り返し。同じ想念にとらわれて、ずっとエンドレスで同じ不満を言い続ける人は、今、生き地獄にいるなあと感じてしまいます。

 

結局、自分が地獄に落ちないためには、他人を許すことです。

とはいえ、私は本当に一生許せないような人に会ったことがありませんから、こんなことが言えるのでしょうね。

 

「貴様には、地獄すら生ぬるい」と言い切ったケンシロウさんとか、気を付けた方がいいですよ。

 

あれ?今回は、何かにこだわるとそれだけ自分の自由度を下げることになるから損ですよって言いたかったんですが、話がそれっぱなしでしたね。

 

※この記事は、アニマリュージョン!ブログの「動物の迷信行動」という記事に対比して書いたものです。

mrtoma86.hatenablog.com

 

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