新まにあリュージョン!

霊感なしのスピリチュアルオタク

自力本願「自分の中の神様」と、他力本願「おかげさま」という考え方

ちょっと前に歴史好きな女の人をさして「歴女」とかがありましたが、神社仏閣にはまりつつある男はなんていうのでしょうかね。やはりシンプルにスピオタですかね。

 

私は有神論者の無宗教で、神様はいないわけないと思っていますが、特定の宗教を信じなければ救われないとかのこだわりは少ないと思っています。でも逆に、宗教なんてバカバカしい、とも思えません。いいところはどんどん自分の中に取り入れていけばいいと思います。

自分を変なヤツとも思えるし、典型的な日本人的発想だとも思えます。

 

宗教かどうかの線引きというのは結構、難しいのですね。ヨガとか、瞑想とか座禅とか、気功、少林寺拳法(やっているわけではありませんが)とか、どこまでが宗教ではないと言えるのでしょう。

 

「まにあリュージョン」を書くきっかけになったのは、おとぎ話の「ワンダフル シング」が、考えれば考えるほど矛盾が少なくて、あらゆる宗教を超越した内容に感じたからです(※くわしくはカテゴリー分類の「創世期のおとぎ話」もご覧下さい)。

 

本当に自分の中に神様がいると信じられるなら、特定の宗教宗派は必要ないとは思います。だけど、それは考えようによっては世界地図とコンパスを与えられて世界を旅するようなものなのかなとも思えます。

自分が世界のどこにいるのかを知ることは大切ですが、実社会では、今いる街の中の今日泊まる場所とかの地図が必要なんですね。そしてもちろん地図だけではなく、道を聞いたり、ホテルの予約を取ったり、旅費を稼いだりと、人とつながることが必要です。つながるというか、他人の世話にならないと何もできないんですね。

 

さらに、自分の中の神様を信じて大切にするということは覆すつもりはないのですが、これだけだと、なんだか自分の力でなんでもできちゃうという「おごり」の意識も育ててしまう気もします。

 

かたや、自分の内側の神様と同じか、それ以上に大切な神様がいます。

それは日本人なら誰でも知っている、「おかげさま」という神様です。

ややこしいですが、「私が一人で何かを成し遂げた訳ではありません。おかげ様のおかげさまで成し遂げることができました。」という気持ちも願望達成には必要だと思います。特に、大きな願いになればなる程この気持ちを大切にしないと達成できないと思います。

 

ここがすごく矛盾する部分で、自力本願と他力本願の両方とも大事だということです。私には、これのイメージがまさにタオ思想の太極図なんです。タオは宗教なのか、その程度の知識すらなくて書いちゃってますが。

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 太極図

 

金子みすずさんの有名な詩もありますよね。

 

       『蜂と神様』      金子みすゞ

  蜂は お花の中に
  お花は お庭の中に
  お庭は 土塀の中に
  土塀は 町の中に
  町は 日本の中に
  日本は 世界の中に
  世界は 神様の中に

  さうして さうして 神様は
  小ちやな 蜂の中に。

 

ちょっと今回は、話がいろんな方向に飛んで一貫性がないかもしれませんね。もっと飛びそうになるので、このくらいでやめておきます。

自力本願には落とし穴があり、他力本願もないがしろにはできないと思うのが、ここ最近の神社めぐりの興味の原動力かなと思っています。