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新まにあリュージョン!

霊感なしのスピリチュアルオタク

過去に心不全になった話

過去の心臓手術を受けた経緯を、記事にしておこうと思います。

30歳になる前後から、時々不整脈がありました。だんだんひどくなり、お医者さんに行くと、心房細動だといわれました。不整脈って、医者に行っても治せないんですね。もっとも、初めの心房細動があった時に、すぐにお医者さんに行けば薬で治っちゃうことが多いらしいです。でも、心房細動は常時おこるものではないから、初めは放っておきました。

3日くらいしてから、どうにも頻発するので病院に行った時にはすでに遅かったのです。

 

お医者さんには、「不整脈で死んだ人はいないから大丈夫。でも、心房細動が続くと血液が固まって血栓になって、脳梗塞とかになる恐れがあります。野球の長嶋さんも、心房細動がもとであのようになったのですから。でもまあ、あなたの場合は若いからそう心配しなくてもいいでしょう。一応、血栓ができにくくなる薬を、毎日飲みますか?」と言われました。

そんなに深刻なものでもなさそうなので、薬はことわりました。

 

これを拡大解釈したんです。一度はそんなこと忘れるくらいに症状がなくなり、また半年後に再発しました。最初が放っておいて勝手に治ったものですから、もう医者にもいかなくなりました。良かったり悪かったりがずっと続いて、しまいには心臓のリズムがくるっているのが当たり前になってしまいました。

 

数年かけて少しづつ悪くなっていったものだから、体もそれに慣れるらしいんですね。38歳になった年は、仕事上忙しくて、あまり休みがとれませんでした。

春休みの終わりくらいに風邪をひいて、高熱が出たのに仕事をしました。もう時効でしょうが、今考えたらインフルエンザだったと思います。

その辺りから、熱は下がっても食欲が全くなくなりました。水分だけはやたらと欲しくて、アルカリイオン飲料を食事代わりにしていました。

お腹が常に、ちゃぽちゃぽ音がしていました。

そのうち、横になって寝られなくなりました。夜も座椅子を45度に傾けて寝ました。それでも仕事はしていました。

サービス業者には、一年で一番忙しいGWを迎えました。

鏡で自分の顔を見るともう、これが「死相」かな、と思えました。

さすがにあまりにもだるいので、朝、病院に寄ってから仕事に行くことにしました。

 

すると、お医者さんに、「すぐに車いすに乗って! 付添いの方はどこですか?」と言われました。「一人で来ました」というと、すごくびっくりされました。

肺に大量の水が溜まって、心不全をおこしているとのことでした。横になれないのはそのせいだったんです。心臓も肥大していてほとんど血液循環をさせていないレベルで、「普通なら、立てないはずですが」と言われました。自分なりに分析すれば、少しづつ心臓が悪くなり続けたので、体が慣れたんでしょうね。

もうひとつ自己分析すれば、そんな体になっていても、タバコは吸っていました。

この頃にはもう、ニコチンの血管収縮作用で心臓や血管にムチ打って無理やり働かせていたのだと思います。

 

そのまま入院で、次の日には救急車で大病院に運ばれました。

薬や塩分調整で心不全は治るはずだったのですが、胃カメラで心臓の裏側のレントゲンを撮るというすごい検査の結果、大きな血栓がみつかりました。

もう、その日の夕方に、血栓除去手術です。

心臓の弁に、弁より大きい3×4センチの血栓が貼りついていていて、鼓動のたびにヒラヒラ揺れていたんですって。

だから、人工心肺に切り替えて、心臓を一度止めて切り開くという大手術になりました。

 

もちろん、手術の記憶なんかありません。不思議な体験とか、なおさらありません。

今どきは、手術の次の日から、もう立つ練習をするんですね。

考えたらもう、それまでの生活が酸素不足の究極の低濃度高山トレーニングをしていたようなものですから、手術後3~4日で、両手に2リットルのペットボトルをもって病院のフロア中を一日2回30分ずつ歩いていました。

178センチあって、手術後はまだむくみを取る薬を飲んでいたので、体重が57キロにまで落ちました。その57キロでカロリー計算をされて、糖尿病の患者と同じメニューが出されるのですからもう、お腹がすいてしかたありませんでした。

しかし後で考えたら、元気に歩けたのは仕事から離れて全くストレスのない病院で、この超健康食を食べていたからなんですね。

 

もう、どんどん元気になるものだとばかり思っていました。

しかし・・・長くなるので続きはまた。