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新まにあリュージョン!

霊感なしのスピリチュアルオタク

瀬織津姫シリーズの話の最初の方について

最近はまさにマイブーム、瀬織津姫に夢中です。

ネット情報以外では、唯一本屋さんで手に入る山水治夫さんの本だけで6冊読みました。でもシリーズものなので、最初の方の話が今ひとつわからないんです。結局、瀬織津姫ってなあに?という疑問がずっとあって、だからよけいに興味をひくんです。シリーズ最初の方の本は、どうやら山水さんのHPを見ても在庫切れのようです。

 

古事記の知識もあまりなかったので、割と読みやすそうな池澤夏樹さん訳の古事記を見つけて読んでいるところです。

瀬織津姫とは関係ない方面からも古事記を調べました。というか、普通にコンビニにあった「古事記99の謎」という本も買って先に読みました。

 

日本の成り立ちが見えてくる 古事記99の謎

日本の成り立ちが見えてくる 古事記99の謎

 

 

それらによると、もともと古事記は今の天皇の系統を正当化するために作られたという説が普通にあるんですね。

先に断っておきますが、私は別に今の天皇を否定はしませんし、昭和天皇なんかもう大好きです。私の本名の最後の一文字も「昭」がつきます。

 

古事記の最初の方には天つ神(あまつかみ)と、国つ神(くにつかみ)がいて、大雑把に言えば天つ神が正統の神様で今の天皇のご先祖さまです。

国つ神は昔から日本にいた縄文の神様であり格下で、国作りの役目が追わったら死んでしまう神様。

天つ神は天地創造の神様で、国つ神は大地ができてから生まれた神様。

つまり、縄文時代にあった自然信仰の古神道の神様たちであり、それが古事記で言う天皇の系統につながる人たちによって平定されていく、イコール弥生時代に移り変わっていくことを表しているんですって。

有名な「大国さま」とかは、国造りの為の大仕事をさせられて、それでも美味しいところは持っていかれちゃう。これは一応、縄文の人たちの顔を立てているみたいな感じらしいです。

あと、こちらは天つ神でしょうが、スサノオがあまりにも不自然なくらいに悪役だったりします。

 

それと並して瀬織津姫をネットで調べてみました。その結果多分、これが瀬織津姫シリーズの最初の方の内容かなという私なりの理解を書きます。

 

まず、著者の山水さんは(以下、ニックネーム「ヤンズさん」)作曲家であり、ピアノの調律師です。作曲は子供の頃から、突然「降りてくる」という不思議な人です。ある日、完全な形で歌詞付きの曲が降りてきました。それが、「瀬織津姫」という歌です。

それ以来、そのお姫様ゆかりの神社を探して歩くという旅が始まりました。放浪生活ではなく、本業の傍らで暇を見つけて、とういうか暇を無理やり作っての旅のようです。歌が先か、旅が先かの細かいことは、今の私にはわかりませんが、まあ大筋には関係ないでしょう。

 

私は、これまで読んだシリーズからの断片的な知識で、瀬織津姫が昔の権力者によって抹殺された神様だということは分かっていました。しかし、それがなぜなのかが一番疑問でした。

 

実は、持統天皇と関係があるらしいんです。

古事記そのものが、今の天皇の系統を正当化するために編纂されたものだという説があることはお話した通りですが、持統天皇によって、もともとあった神話がさらにゆがめられている可能性が高いとのことです。

私は持統天皇もまあ、必要悪みたいなものだと思っていますから、これも先に断っておきます。

 

詳しい事は省きますが、持統天皇は女性でありながらも権力争い上、どうしても天皇に即位する必要がありました。

だから、古事記を編纂させる時に、本来は男性神であった天照大御神を女性に書き換えさせたと言うんです。おおもとの先祖の大神様が女性なら、女性天皇の誕生はむしろ自然ですからね。(ただ、最初の女性の天皇って推古天皇だったはずなのですが、その辺がよくわかりません。ちゃんと政治家として機能するってことでしょうか)

それと同時に、縄文時代の大神様である瀬織津姫信仰を止めさせる必要もありました。逆説的ですが、第2次世界大戦後の日本の強さを恐れた欧米人が、天皇制を廃止させようとしたのと同じです。

縄文パワーを恐れて、その神様の信仰を無理やりやめさせたのです。

幸いにというか、神道八百万の神です今でも一つの神社に数人(数柱)の神様が祀られていても不思議じゃありません。だから、瀬織津姫の名前だけを禁止したんです。これに背くものは、天皇に背くと言うことですから重罪です。いやおうなしに、姫の名はほとんど消されました。

それがなんと、驚くことに明治時代くらいまでその圧力がかかり続けていたというのです。

 

もともとは、天照大御神は男性神で、その妻が瀬織津姫だったとか。

瀬織津姫シリーズは、そういう仮説をたててその謎ときをしながら全国の神社を参拝して回っている旅の記録のようなんですね。

かなり長文になってしまいましたので、このくらいにしておきます。

私の理解不足、説明不足はきっとまだたくさんあると思います。

特に山水さんは、謎ときが主ではなく、ただ純粋に参拝したくてたまらない気持で行ってらっしゃるようだと言うことは、補足しておきます。

 

しかしまあ、本当かなと思うと同時に、こんなこと書いちゃっていいのかなと思える内容です。これがもう、やがて10年前くらいの本の話ですからね。いいのかなと思いつつ、次回に続きます。