新まにあリュージョン!

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やくざと芸能と・・・なべおさみさんの著書

この本は面白い!

私はやくざを擁護するわけでもなく、いわゆる差別問題もそう詳しくはない方ですが、そういった、人が避けて通るような話題に対してとんでもなくオリジナリティあふれる新説を加えてわかりやすく書かれています。

 

本の内容とは少し外れますが、つい最近、阿蘇神社の拝殿で神職さんが太鼓を叩いているところを見ました。

神道は穢(けがれ)を嫌い、祓い、つまり掃除と清めの実践をするのが基本です。

その神社の神事に獣の革である太鼓が使われる不思議。

そして、その太鼓を作るということは、獣の皮をはぐということですから、太古から差別される身分の人たち仕事であったという矛盾。

 

最も素朴で平和で土器ばかり作っていた古神道の縄文人が狩猟民族であり、稲作をする弥生人に駆逐されるという矛盾もあります。狩猟民族の方が革などの加工技術は得意分野です。つまり歴史上の流れでは、差別を受ける人たちこそ、縄文人の流れをくんだ正当なネイティブジャパニーズの可能性があるんですね。

 

なべおさみさんの著書では、前半は生い立ちや芸能生活の裏話などで、それも面白いのですが、後半になるとユダヤの民と日本人の由来などに話が及びます。

そして、芸能を生業とする人たちは、そもそもが士農工商のさらに下、つまり差別を受ける側の身分だというんですね。

(動物で見世物やショーをするとなると、昔ならさらに超下級の身分でしょうね。)

士農工商のさらに下の身分の人は、お城造りの労働をさせられたりもするわけですが、そういう身分の人は、そもそも人前に顔をさらしてはいけないので、虚無僧のような篭を常に被っていないといけなかったのですって。

だけど、それでは仕事にならないし、もう邪魔でしょうがありません。

そこで、「私は下級の身分ですが、これで勘弁させて頂いております」というサインが、手ぬぐいなのだそうです。それが、なべおさみさんの説です。

だから歌舞伎などでは、名前入りの手ぬぐいとかを配る習慣があったりするのですって。

で、芸能ではない方の分野、つまりお城を作ったりする人たちは、それはそれでとても統制のとれた団体だったといいます。そういう人たちの元締めは、やはり士農工商の下の身分ですから、平たく言えばそれがやくざの元だと。

工、つまり大工さんや職人さんとは少し違うというか、その下働きみたいなものでしょうか。

ちなみに、清水の次郎長親分は、そういう人たちの親分ですから、刀を持つことは許されない。それで十手をもつんですね。

元暴走族が、腕のいい白バイ警官になるようなものです。

やくざものが用心棒になるというのは昔からある話で、今の芸能人のストーカー被害とかは、陰で守ってくれていたやくざが今はいなくなったからだという人もいます。

もちろん、反社会勢力はそれでも許されるものではありませんが。

 

普通のトンデモ本(?)と言われる本より、何かリアリティを感じる生々しい内容なんです。

話題は多岐にわたり、政治選挙活動の裏ワザを紹介していたりもします。

白いズボンをたくさん用意しておいて、畑仕事をしている人たちの所に行き、土下座して投票のお願いをする。その後で車に戻ってまた新しいズボンをはき、次の畑にいって土下座で汚すことを繰り返す。そのようにして鈴木宗男さんを当選させることに成功したとか。

もうその逸話がエンターティメントです。だますとかでなく、人を感動させる演出とエネルギー。そういったことの本音や本質に迫っています。

 

なべさんといえば有名な替え玉受験の事件ですから、開き直ってここまで正直に書くことができたのかなとも思えます。