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新まにあリュージョン!

霊感なしのスピリチュアルオタク

古代史は奥が深すぎです。ついでに「古事記の続きを生きる」って、深い言葉です。

カタカムナ文献というものがあることは、もともとの知識としてありました。

古代の文献だという証拠がないらしいですが、内容的には大量の炭からイヤシロチを作る方法などは実際に効果が上がっていて正しいものが多いようです。

それが発見した科学者の功績なのか、カタカムナの功績なのかがあやふやなのですね。

 

まだまだやっと古事記をかじり、地方の神社の由緒書きから勉強を始めた程度の私にはまだ早すぎるような情報なのでしょうが、古事記日本書紀の他にも、先代旧事本紀とか、もっと他にもカタカムナ、ウエツフミ、竹内文書、宮下文書など古代に書かれたのか怪しいとされているものを含めたらたくさんあるのですね。

 

これがまた、スピリチュアルオタクの心をくすぐりそうな感じですが、情報量が多すぎてとてもついていけません。

かたや古事記は、編纂された当時の権力者に都合のいいようにねつ造された内容だという説が有力です。しかし、カタカムナ文字を読み解くのに古事記の最初の方の神様の名前の並びがヒントになったという話もあり、何かの暗号、カッコよく言えば古事記コードがあるのかもしれません。

50音を「いろはにほへと」に並び変えたら、ちゃんと意味のある歌になっているのと同じような、何かです。いろは歌は、ひふみ祝詞と同じく歌にパワー(言霊)が宿っていると言われているんですね。

古事記も同じく声を出して読むことが大切だと書いてある本もありました。

これも立ち読みだったので著者がどなただったか思い出せないのですが、古事記を読んだ上で、古事記の続きを生きることが大切だということも書いてありました。

これは「深イイ話」だなと思いました。古事記だけに、表現が古くてすみませんが。

 

スピリチュアルでよく言われるのが、自分の家系はほとんどずっと同じ何人かの魂の繰り返しであるということ。

嫁がお姑さんにいびられる時、その前世では立場が逆だったから現世で仕返しをされているというあれですね。もっと言えば、自分をいびっているお姑さんに何を言っても無駄だけど、ご先祖様のお墓参りをして敬えば、その姑さんの魂を敬うことになる。そして、あの世は時間が関係ないから、それだけでかなりの現世利益がある。つまり、お姑さんのイビリが止まる可能性があると。

逆に言えば、今の嫁姑問題を解決するということは、先祖代々の悩みが消えるということだから、ますます先祖(自分も含めた)からのご加護があるということですね。

 

かたや、カタカムナでは相似象(フラクタル)という発想があります。

部分は全体の一部ではなく、全体のコピーだという考え方です。

孫悟空が自分の毛を抜いて、分身を作るような感じです。杉の木は葉っぱも尖っているし、丸く枝を張る樫の木は葉っぱも丸っこいとか、例をあげればキリがありません。

 

そう考えてみると、なるほど、古事記の続きを生きるという考え方もなんだか納得できます。ねつ造があったとして、あったのでしょうが、今の世の中でもそういうことはザラにあると思います。その過去にこだわって現在を否定するのか、これ一つだけでも考えるヒントにはなります。

 

・・・さて。

古事記の続きを生きる私は、まず、アマノウズメを探してサインでももらおっかなと(笑)。