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新まにあリュージョン!

霊感なしのスピリチュアルオタク

ウエツフミの神武東征 その1

ウエツフミによると、ヤマトタケルの「タケル」って、今で言う県知事みたいな役職のことだったのですってね。もうこれがすでに面白いです。古事記では、ヤマトタケルが若い頃に九州の熊襲タケル(クマソタケル)を成敗し、その時に熊襲が「タケルって名前をあんたにやるからもう許して。」ってお願いした時からヤマトタケルになったのですよね。

なんだか、山賊のようなものの名前をもらうなんて違和感ありありでしたから。

熊襲が山賊まがいだったのか、その時の地方の県知事だったのかはまだ勉強不足ですが、藤島寛高 (ふじしまひろたか)さんのブログ「ウガヤフキアエズ王朝実在論」を元ネタにして、私なりに神武東征を要約してみようと思います。

 

ウガヤフキアエズの神武東征

大分県を中心に70代以上も続いたウガヤ王朝ですが、71代天皇の時代に全国的な大飢饉にみまわれました。ウガヤ王は、その対策として皇族や重臣たち、そして自らも全国に派遣して、草木の根や木の皮、山菜類などを食料として利用する方法を伝授することにしました。

 

旅はほとんど船を使います。そこでウヅサカヒコ(日本書紀では珍彦)と、その6人の息子たち、丹生麿、赤麿、白麿、黒麿、手之麿、差麿が合流して、道案内を申し出て、船の舵取りを任されます。この時ウズサカヒコは「椎棹の珍彦」という名前を賜ります。息子たちもそれぞれ名前を賜りました。

 (古事記では棹根津彦に対応するが、少し食い違いがある。)

 

  • ウガヤ王本人は北陸に到着。
  • 弟の高倉下の命は、相模(神奈川?)に到着 。
  • 弟のウマシウチ=大久米の命は、遠江の荒井に到着(この人物が物部氏の祖先の可能性あり)
  • 二男の稲飯の命は、福岡の岡田に到着 。
  • 男の日高狭野=ヒダカサヌは、安芸の多祁里の大竹の港に到着(第73代で、記紀はこの人物を「神武天皇」としている)。
  • 男の三毛入野の命は、愛媛の宇摩川に到着
  • 男=五瀬の命は、備前の津高川の高倉に到着(第72代となる重要人物)

五瀬の命は王子様です。それなりに立場が重いので秋津根(奈良・京都・大阪の内陸部)と草木根(和歌山~摂津の沿岸部)のタケルたちも集めようとしたところ、吉備の地元の長が言いました。「お待ちください。その中に敵がいて殺される!とみなが申しております。また外国人がやってきて悪事をなしているとも聞きます。」と。

五瀬命はそれを聞いて憤慨し、すぐさまその地に向かいました。

 

一方、8年くらい前から新羅人が日本に来ていて、和歌山や奈良あたりのタケルをそそのかそうとしていました。しかし誘いのにらないので、地方の官職のナガスネヒコに取り入りました。新羅人がナガスネヒコをおだてて持ち上げると、「実は私はあのニギヤハヒの子孫だ」と、口から出まかせを言います。そして、斑鳩の峰に祀られていたご神宝の弓矢を盗んで、彼らに見せます。

 

新羅人はナガスネヒコの後ろ盾で一度帰国した後、兵隊と船をひきつれてきて、謀反を起こします。そして、秋津根のタケルを殺してしまいます。

このタイミングで五瀬の命がやってきます。

ナガスネヒコは開き直って応戦し、五瀬の命に矢傷を負わせます。

五瀬命は、その傷がもとで戦死します。亡くなってから、神として名誉72代天皇となります。

 

・・・ちなみに、この文章は一度作り終わってから間違って消去しちゃったので、かなり雑に書き直したものです。やっと元ネタの前編が終わりました。めげずに、続きます。