新まにあリュージョン!

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ウエツフミでの神武東征 その2

前回の続きです。

 

五瀬の命が亡くなると、狭野の命(のちの神武天皇)はショックで病気になり、寝込んでしまいます。おまけに、ナガスネヒコの勢力は大量の毒煙を使うので、追い打ちをかける豪族や皇族も苦戦します。

 

狭野の命が寝ていると神様が夢に現れます。そのお告げによると、攻略法が知りたかったらある神事が必要で、その為には香具山の土で杯を作らないといけません。しかし、天の香具山は今は敵地で、入ることができません。

 

そこで、珍彦の命(出発時に合流した水軍の長)が、お爺さんに変装し、弟の倉下の命は柴刈りの婆の姿になって、その地に出向きます。

敵が立ち塞がって斥侯ではないかと疑われましたが、この二人を見て大笑いして「なんと醜いジジババか」と道をあけたので、無事に埴土を採ることに成功しました。

 

お告げ通りの神事を行うと、狭野の命の元に伯父の高倉下の命が太刀を持って現れ、それを渡されます。

理由を聞くと、「夢に天照大御神と高御産巣日の大神の二神と建甕槌の命が現れ『汝は今臥している狭野にこの太刀を与えよ』と告げられました。夢から覚めると本当に太刀があったので、ここに持ってきたのです。」とのことです。

 

さらに、高御産巣日の大神のお言葉で『ここから奥に入るではない。荒ぶる神どもが集結している。だから今、八咫烏たちを集めた。その八咫烏の飛ぶ後を追いかけよ。』とお告げがあったとも言いました。

 

そこで、(八咫烏を追って)高野に向かって進軍したところ、山からまた黒煙(新羅軍の毒煙)が立ち登ったので、大久米の命が佐士布都の太刀を抜いて左右に振ると、その刃から真風が噴き出して、その場にいた敵は自分の煙を自分で吸って全滅してしまいました。(ナガスネヒコはここにはいなかったようです)

 

さらにウガヤ王も合流し、ナガスネヒコ新羅人の残党を一掃することになりました。陸戦は上手くいきましたが、海戦は、新羅人船50艙に対して見方は6艘です。

稲飯の命と三毛入野の命などが敵を追いかけます。

稲飯の命は大に嘆いて、「私の祖先は、ワダツミの神の娘(豊玉姫=正体はサメ)であるのに、いま新羅人を追い詰めて全滅させようとしているときに、なぜ海から見逃してしまったのか。早く疾風を吹かせて船を帰させてくれ。私が海に入って奴らを追いかけよう!」と、太刀を抜いて海に飛び込んで、サイモチの神(海獣の姿をした海の神)となりました。三毛入野の命ら6人も、全員海に飛び込んでサイモチの神となります。

 

サイモチが敵の船をかじって穴をあけると、敵は水中戦を挑んできます。見方も負けじと船から飛び降りて応戦します。

しかし、味方で溺れる者は一人もいません。このあたりの島々が動いて、浅瀬まで届けてくれたのです。その島々を見れば、みんな大鰐の背中のような形をしています。

だから、ここにサイモチの神を祀って、スサミの大神と呼びます。

 

いかにも神話的な表現ですが、つまり、狭野の命の兄弟は全員ここで戦死したということです。

しかしまだ、ナガスネヒコ新羅人は捕まっていないようです。

 

ここまでが元ネタの中編です。細かい逸話はカットして、後編のあらすじに行きます。

ウマシマテの命と言う人が、狭野の命の所にやってきます。ウマシマテは、ニギハヤヒの子孫だといいます。ナガスネヒコの宝を取り返そうとしたら追われたので、協力を求めに来たといいます。

一方、ナガスネヒコは地方の土蜘蛛の力を借りて、勢力を拡大しています。

(反対勢力のことを土蜘蛛と呼ぶのが当時のならわしのようです。土蜘蛛族という部族や民族がいるわけではないようです。)

 

ウマシマテは妙案を出します。「私が宝を返せと言ったら殺されますが、あげるといったら味方にしようとするでしょう。だから味方のふりをして隙を見て刺し殺します」と。

 

こうして、ウマシマテや狭野の命は協力してナガスネヒコを追い詰め、自殺に追いやります。

 

神武東征の要約はこのくらいにしておきます。

・・・すみません、後半はかなり端折ってしまいました。というのはウエツフミの特色は、記紀では大雑把に書かれていることをかなり正確に地名まで入れて細かく書かれていることにあります。

しかし私には、五瀬の命や三毛入野の命の逸話が大切であり、後半ではニギハヤヒがウエツフミの中ではどういう立ち位置なのかが興味の中心だったのです。

細かいことを書くとその焦点がぼやけるので、もう後半は端折りまくりで尻切れトンボです。

 

ちなみに私の手元に池澤夏樹訳の古事記がありますが、その中でニギハヤヒが登場する部分の注釈が面白いんです。

ニギハヤヒとは、アマテラスとスサノヲのうけひで生まれた男性神の名前の一部である「カチハヤヒ」と、その子供の「ホノニニギ」の名前を合成して作られた名だと書いてあります。

 

さらにそのニギハヤヒの子供が「ウマシマヂの命」で、それが物部氏の祖先だとされているのですから、池澤さんの解釈は、「物部氏天津神の子孫だという根拠の為にニギハヤヒという神様が後付けされた説」を支持している感じです。

 

ちょっと焦点がぼやけた感がありますが、参考になったポイントは

  1. 神武東征は、各地を平定しながら中心勢力を東に移すのではなく、もともと支配下にあった地方の飢饉対策に出向き、たまたまナガスネヒコの反乱にでくわしただけだということ。
  2. 五瀬命や三毛入野の命の詳しい活動内容を知ったこと。
  3. ニギハヤヒは帳尻合わせの為の架空の神様ではなく、まだなにか鍵を握っている可能性が高いこと。

 

以上の3つです。

本当に古代史は、諸説ありますね。

まだまだ、自分なりの納得できる仮説を作るには程遠いなと思います。