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高千穂大明神と日子八井命は同一神? 

阿蘇神話街道 ~草部吉見神話を原点として~」という本は、購入したのではなく地元の図書館で借りたのですが、かなり気になる箇所があり、付箋紙がたくさんついてしまいました。

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その中の一つは、「高千穂神社主祭神は高千穂明神であるが、これは日子八井命ともされている。」という文。

 

高千穂明神といえば、普通は神武天皇のお兄さんである三毛入野命(みけぬのみこと)を中心とした神様です。

この神様は、古事記では神武東征には参加せず「常世国に行っしまった。」となっています。普通に解釈すれば、あの世に行ったということです。

それが宮崎神話では、高千穂に残ってこの地を収めたということになっているようです。

 

かたや、日子八井命は、神武天皇の子供三柱のうちの長男です。

しかし、古事記には出てきますが、日本書紀には登場しない、ミステリアスな神様です。ご存知(?)、草部吉見神社の別名国龍神です。

 

なぜ、神武天皇のお兄さんである三毛入野命と、子供の日子八井命が同一神とされるのか?

これは、よく言われるように古事記を書いた当時の勢力と、日本書紀を書いた当時の勢力が、お互いに都合がよいように歴史を書き換えているということから来ているのではないかと推測するわけです。

 

ただ、私にはどちらにとって何が都合がいいのか、そこがよくわかりません。

分からないなりに、いつもの妄想をしてみるわけです。

 

今回は本当に一人ブレーンストーミングで、間違いを承知でとりあえず書きます。

まず、国龍神というのは神武天皇の流れとは全く別の、土着の神様です。

しかし、かなりの勢力ですから、これに対応するため、三毛入野命は高千穂に残りました。

国龍神と鬼八は、同じ勢力です。それを、三毛入野命が単独で倒しました。

これで九州一の大勢力になったので、神武天皇は慌てました。当時は末っ子が跡継ぎになるのが当然の習慣だったのに、出発点である地元に残ったお兄さんが、日本の大王になるかもしれないからです。

そこで東征が済んだあと、今度は仲間になった長野(諏訪)あたりの勢力に頼んで、三毛入野命を攻めさせました。それが今の健磐龍命です。

なんとか封じ込めには成功しましたが、これでは身内同士の戦いということで、世論によくありません。

そこで、日子八井という身内が、もともといたことにして、さらにその日子八井が国龍神だったことにしたのです。

 

だから、日子八井というのは、本当は三毛入野命と同じ神様だと。

 

・・・うーん、やはりいまいちですね。

まだ、他のこれまでの妄想仮設とのつながりが、いまいちです。

あと、一部神様を悪者にしたりと罰当たりでしょうが、興味はあるのです。

愛の反対言葉は無関心ということで、神様、いろいろと考えるのを許してくださいね。