読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

新まにあリュージョン!

霊感なしのスピリチュアルオタク

草部吉見神社が下り宮なのは、鎮魂のため?

草部吉見神社は、日本三大下り宮の一つと言われます。その下り宮というものが、なぜ存在するのか考えてみました。しかし最初におことわりしておきますが、私のようなものの考察で、これにに対する答えは出ないと思います。

 

最近になって、草部吉見神社のお祭りで「アオハゼ」という草の壁でできた仮小屋みたいなものを使用するのと同じようなことが、古事記の中に出てくることを知りました。

これは2月2日のブログに書きましたが、関裕二さんの「蘇我氏の正体」という本の引用部分を再掲します。

 

大己貴神が国譲りを承諾する直前、事代主神は天つ神たちの要求に対し恭順の意を示しつつも、海の中に八重蒼柴(やえのあおふし)の垣根を作り、船を踏み傾けて水中に没していったという。

これが呪いの呪術であったことは、「古事記」の記述からはっきりしている。それによれば、事代主神言代主神)は、水中に没するとき船を傾け、「天の逆手」を打って船を青柴垣に変えて沈んでいったというのである。

ここにある「青柴垣」は、魚を捕る籠のようなもので、また「天の逆手」とは、逆の手で柏手を打つ呪術に他ならない。これこそ、国を乗っ取られた恨みとともに海中に没したという暗示にほかなるまい。

 

ただし私は手元にある古事記池澤夏樹さん訳のものです)の中でこれに該当する文をみつけられませんでした。

しかし、ここは関さんを信じるとして話を進めます。

 

お祭りに使うお神輿は、神様の乗り物です。お祭りの日ばかりは神社を抜け出して、産土の地を祝福して回るものだと私は理解しています。

下り宮だと、神様が最後に階段を下って神社に戻ることになりますから、これが先ほどの引用と同じく、沈んでいくという呪術なのかなと考えました。

 

で、そんなことを考えていたら、思い出したことがあります。昨年の夏に出雲大社を訪れた時のことです。出雲大社も階段ではないものの、正面から参道を歩くと、最初の鳥居をくぐった後は坂道を下ることになるのです。

これが不思議でたまりませんでした。あんなに有名な出雲大社が下り宮なのに、それ以外の、全国的にはマイナーな神社が三大下り宮って。

その時感じたこの疑問は今まですっかり忘れていましたが、以前にその出雲大社の記事を書いた時、最後につけ加えた話があります。

それは、神無月は実は神がいない月ではなく、語源は「神舞月」であってむしろ神が降りる月だ考えられるということです。

まあ結果、他県の方には同じことなのですが、10月に出雲に降りる神を、他の神様が出雲から出ないように封印するのが神無月なのじゃないかと考えています。

 

ということは、下り宮はやっぱり封印と鎮魂の為なのでしょうね。

祀られる側が呪術を自らにかけるというのはおかしな話ですから。

 

他はどうでしょう。三大下り宮の他の2つのうち、群馬の一之宮貫前神社のことはよくわかりませんが、もう一つの宮崎の鵜戸神社ははるか昔に観光で行ったことがあります。

鵜戸神社は神武天皇のお父さんである「ウガヤフキアエズ」が祭られていますが、この神様こそ、実はウガヤフキアエズ王朝という、神武天皇以前に存在した王朝の天王だったという説もあります。だから、封印と鎮魂の対象になっていてもおかしくはないです。

 

しかし、そうだとすると、ここで問題が出て来ます。

大宰府天満宮って、下り宮じゃないですよね。あの有名な悲劇の主人公菅原道真様の。

だからまあ、下り宮で神様を鎮魂するのは、あくまで古墳時代あたりの古代の儀式の継承だということにしておきます。

 

あとついでに、菅原道真が祟る神であると同時に霊験あらたかな学問の神様であるように、草部吉見の神様が祟る神であったとしても、いやむしろそれだけ強い神様であるからこそ、同じく霊験あらたかな神様なので安心してお参りしていいと思いますよ。

そもそも、草部吉見神である国龍神は、阿蘇神社でも祭られているのです。

 

・・・あれ?

そういえば、阿蘇神社って参道が横向きについている珍しい神社ですが、これも国龍神と関係あるかな?

・・・いや、考えだすとキリがないので、この辺で。