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新まにあリュージョン!

霊感なしのスピリチュアルオタク

建国記念日だからというわけじゃないけど、神武天皇についてあれこれ考える

関裕二さんの「神武と応神天皇同一人物説」について考えています。

阿蘇に住む私が考えるのですから、最終的には阿蘇地域にからむオチですが。

 

建国記念の日って、神武天皇が即位した日だと言われているんですね。それはいつかというと何と、紀元前660年と言われています。これはもう、縄文時代です。

初代から15代応神天皇までは、ざっと表すとこんな感じです。

 

こうやってみると15代と言っても、意外とシンプルですね。

で、応神天皇が4世紀ごろの古墳時代と言われます。

 

関裕二さんの説では、仲哀天皇は存在せず、神功皇后の夫は本当は武内宿禰(宿祢)で、武内宿祢の息子が応神天皇

さらに、本当は応神天皇崇神天皇神武天皇は同じ人物だから、神功皇后応神天皇の親子が出雲勢力に裏切られて北九州から高千穂に逃げ伸びたのが天孫降臨

 

うーん、難しい。誰を基準とするかですね。

まず、初代神武の両親や、兄弟の立場は?

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この2つの由緒書きは、くしふる神社からほど近い、四皇子ヶ峰のものです。

 

ちなみに高千穂では、高千穂神社祭神である三毛入野命が地方神話の中心で、神武天皇は早々に東征に出かけてしまったことからあまり多くの逸話はないようです。

それはさておき、神武天皇応神天皇が同じたっだのではなく、神武天皇はあくまでウガヤフキアエズ王朝の末裔だと考える方がつじつまが合うのではないかと考えました。

 

「ウエツフミ」によると、神武天皇ウガヤフキアエズ王朝の第72代の天皇だったというのですね。

分かりやすくするために、第70代天王をウガヤ王と書くことにします。私は、ウガヤ王朝は全国を統一した王朝ではなく、地方の有力な王朝だったと思います。日本の中に小さな国がたくさんあって、その小さな国同士のつながり、いわば「国連」のようなものがあったと考えています。国連の主な役割は、日本の安全を祈願する祭りを行うこと。だから国連総長は政治の総長ではなく、祭りの責任者です。

このあたりの表現は違いますが、関さんの「当時の日本は完全に統一されてはいないものの、祭祀王はいたようだ。」という考え方を参考にしています。

 

もちろん、私の知識などまだまだ取るに足らない初心者で、古代王朝や古事記など、興味を持ってまだ一年ちょっとくらいですから、ただの妄想レベルです。

 

そのように、神武天皇は今の系統とは全く別の話であり、古事記日本書紀の編纂者がそれを隠すために一つの系統だったことにしているだけなのではなかと思います。

極端に言えば、古事記編纂の頃に近くなって、やっと日本が統一されたということです。

だって、中国から税金のシステムを学んで採用するまでは、日本全国の土地はその地方の豪族のものだったのですからね。ということは、各地方の村社会の延長くらいでしょう。

 

だから、応神天皇ら(神功皇后と武内宿祢)がヒミコを倒しに九州に行ったのはいいけど、そのすきに本州からの裏切りにあい、宮崎まで逃げたところで、そこら辺一帯がかつてのウガヤ王朝の伝説の地だったと知り、その伝説に勇気づけられて巻き返しを決意した。応神天王らは、その伝説を知っていたのだから、東征も似たようなルートになった。

 

こう考えたら、崇神天皇応神天皇は別人になります。

神武東征はなかった(別の王朝の話だった)のですから、九州から始まったのではなく、もともと今の天皇の歴史に限って言えば、近畿から始まったということです。

そうすれば、12代の景行天皇が、九州を平定しなおしたのではなく、初めて平定に行ったことになるから、その方が自然です。

 

ただし、ウガヤ王朝の三毛入野命は最初から高千穂に残っていたから、その末裔たちと応神天皇が手を組んだ可能性はあります。

ウエツフミでも三毛入野命だけは九州に残ったわけではないのですが、宮崎神話ではなぜか神武東征には参加していないかのように伝えられています。

 

そして、神武天皇の子孫がその後の天皇家やその他と関わり合いがないのなら、神武の子である日子八井や神八井耳はいなかったことになります。

神八井耳は、阿蘇神社健磐龍命のお父さん。しかし、健磐龍命は長野の諏訪神社と関係があるようですから、本当はよそ者だったとしてもおかしくありません。

 

日子八井は草部吉見神社の神様で、別名国龍神。この神様も、神武天皇のつながりよりも、土着の勢力だった可能性の方が高いくらいです。日子八井命日本書紀には載っていないので、なおさら出自が怪しいですね。というか結局、神武と日子八井は関係ないのではないかという、うっすらとしたイメージが私には先にあるからこういう結論になるのでしょうか。

 

・・・長くなっちゃいましたが、最近はこのように関裕二さんの斬新なアイデアをもとに、阿蘇や高千穂の神話の謎解きを考える毎日です。