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持統天皇がアマテラスを女神に変えたことの意味

瀬織津姫持統天皇によって封印されたと言われます。

その理由を私はてっきり、女性が天皇になることの正当性を主張するためだと思っていました。だから、それ以前にも推古天皇とかがいたはずなのに何で今更、ということが疑問でした。

しかし、たまたま瀬織津姫とは関係ない関裕二さんの本を読んでいて、その理由がなんとなく分かってきました。

持統天皇は、天皇になるための条件(皇位継承権)がとても薄かったのですね。

 

普通に考えたら、38代天皇の娘であり、同時に40代天皇のお后である持統天皇が41代になるのは自然な感じがします。

しかし、この38代天智天皇と40代天武天皇は兄弟なのに戦争をするくらい仲が悪かった(正確に言えば、天智天皇の息子の39代弘文天皇と、天武天皇の戦争ですが)のですから、勝って王位を奪った40代天武天皇が亡くなった後、いくら奥さんとはいえ、王位を継承してしまったら、戦争相手の血筋を復活させることになっちゃいますものね。

 

持統天皇は自身が夫の次に即位するため、まだお妃さまだった間から、影のフィクサー藤原氏中臣鎌足)と組んで、女性神アマテラスのストーリーを作り始めていた。

それはなぜかというと、持統天皇自身というより、持統天皇の孫をどうしても天皇にしてあげたかったからです。

だから、記紀のアマテラスと持統天皇が似ているだけでなく、持統天皇の孫の軽皇子文武天皇)はニニギと境遇が似ているというのです。

本当は天照の子供のオシホミミを降臨させようとしたけど、孫のニニギが生まれたからそっちを降臨させることにしたと。ちなみに、オシホミミに当たるのは、早くに亡くなった草壁皇子です。

(さすがの私も、この草壁皇子草部吉見神を結びつけるのは無理があるとは思いますが、この名前は少し気になります。)

 

さらに私見を加えると、「天孫降臨」、つまり天の子供ではなく孫が降臨したという表現はこの文武天皇の即位を肯定的にするためのものなのではないかと考えます。

 

 以上から、瀬織津姫封印が目的なのではなく、あくまで瀬織津姫の旦那のアマテラスを女神にする必要があり、2次的に瀬織津姫は隠されることになったということが理解できました。

 

伊勢神宮そのものは意外と新しく、作られたのは持統天皇天武天皇の時代だと言われています。7世紀後半です。

ここからは推論も含めて簡単に考えます。

伊勢神宮持統天皇の為に今のように整備された神社であり、その前には瀬織津姫と男性アマテルが祀られていた神社でした。しかし、持統は瀬織津姫を祀らなかったことで祟りにあったから、あわてて外宮を作って瀬織津姫を祀りました。しかし、その名前を使うわけにはいかなったので、豊受大神として祭った。

 

・・・しかし、この名前がまた謎を呼びます。トヨウケ?

関さん説では、伝説の神功皇后はヒミコの跡継ぎであると言われるトヨと同一人物であり、実は跡継ぎではなくヒミコを滅ぼした側だというのです。

瀬織津姫が豊受として祀られるなら、神功皇后瀬織津姫はやはり関係あるかもしれませんね。