新まにあリュージョン!

霊感なしのスピリチュアルオタク

日月神示だけにこだわったら多神教の意味がないし、やっぱり自分のアタマで考えないと。

私が日月神示を知ったのは、もともと船井幸雄さんの著書からでした。船井さんという人は、スピリチュアル界の巨匠です。しかし晩年になって、スピリチュアルにはこだわらないようにしよう、という趣旨の発言をして、この世を去りました。

 

その巨匠が、「最初は素晴らしい人でも途中から魔に取り込まれてしまう人はたくさんいるから注意しないといけないが、この2人だけはもうそういう心配がないほどの真っ白なオーラを持った人なので安心してよい。」と紹介した人がいます。

その一人が中矢伸一さんで、もう一人がベンジャミン=フルフォードさんです。

これは、どう考えればいいのでしょう。

というのは、お二人ともあまりに針が振れすぎているからです(笑)。にわかには信じがたい陰謀論を展開していたりして、ミイラ取りがミイラになっているのじゃないかと勘繰りたくなる時もあります。

 

そもそも、晩年の船井さんが「この人のいうことは素晴らしい」と紹介している人同士の意見は違いすぎて、もう何を信じていいのかわからないと思ったのは私だけではないでしょう。例えば放射能安全派と危険派は見事なまでに意見が分かれていました。

中矢さんは、心配ないと考えているようです。

 

話がどんどんそれるので戻しますが、中矢伸一さんと言えば、日月神示の第一人者として有名です。最近は中矢さんも無料ブログの更新もしないことにしたようなので情報もあまり入ってきませんが、結構厳しめなことを言っていました。というか、日月神示自体が将来の人口激減の予言など、結構厳しいことが書いてあります。

 

しかし、その教えにに対して疑問も持たずに忠実に実践するというだけでは、一神教の神様を信じるのと同じことになってしまいます。

 

一神教の神様って、「正解」を教えているんですね。その正解の解釈が様々だから多少の宗派に分かれたりしますが、お釈迦さまみたいに「自分で修行して悟りを開きなさい」ではなく、「こうしないといけないぞ」というスタンスです。

この世の中のたった一人の神様が言うのですから万に一つの間違いもないのですね。

だからその信者にしてみれば、神様の言うことを聞かない奴は悪いやつです。非常に極端な言い方をすれば、一日五回、神様の方角を向いて祈りをささげない奴は悪だということです。繰り返しますが、一神教というものを突き詰めて考えた、極端な表現ですよ。

ついでに言えば、神様を知らない奴はまだ未熟な子供のようなもので、信者でその教えを知っているにもかかわらず背く奴が最も罪が重いという考え方もあるのでしょうが。

 

しかし、日月神示の神様は多神教だというスタンスのようです。

自分を信じろといいながらも、キリストおろがめよ、とかいう表現で他の神も敬えみたいなことが書いてあるのですから、間違いありません。

 

だいたい「脅し」をする存在が一番信じられないというのが船井さんの思想の根底にあったはずですし、一つの宗教宗派だけにこだわるとどんどん料簡が狭くなってしまうので、こだわらず、自分のアタマで考え続けようと思います。

 

最初の方に書いた、船井さんおすすめの人でも主張する内容が全然違うというのも、やっぱり自分のアタマで考えないといけないよ、という船井さんの遺言のように思えてきます。

 

そんな感じで、それだけが絶対の真実とは考えないまでも、やっぱり日月神示の内容を参考にしていこうと考えています。

もちろん、瀬織津姫に関してもそういうスタンスなのですが、自分のアタマで考えれば考えるほど、この2つの神様は気になるのも事実です。